すっかりご無沙汰してしまいました。
なんと、月日のたつのは早いのでしょう?
前回記事の日付を見ると、なんと5月の最初です。
転職して、わけのわからぬ忙しさのうちに、もう初夏から梅雨の季節。もう少しすると、蒸し暑さも本番の真夏が、やってきます。

そんな忙しさのなか、京都に続けて訪れていました。
同じお宿を、続けてとりました。
なるべく、いろんなお宿に泊まりたいので、連続するのを避けているのですが、前回あまりに感動したので今回も・・・

そのお宿とは、「ホテルフジタ」。
鴨川のほとりに建つ、唯一のホテルです。

フジタは、オークラやウエスティン(未だにわたしは、この呼び方になじめないでいるのでいるのですが)と同様、京都では有名な老舗ホテルのひとつで、レストランやバーは、根強い人気があります。
ただ、設備的に古さは否めず、以前泊まった街側シングルのお部屋はビジネスホテルと変わらない印象を受け、正直がっかりしたのです。

ところが、少々お値段は張りますが「鴨川側」のお部屋に泊まってみてビックリ!
その眺めの素晴らしさといったら、想像以上でした。
鴨川畔といえば、「三福」さんに泊まったことがありましたが、窓の広さと高さが違うのか、圧倒的にフジタのほうが景色がいいのです。

そして、ホテルには珍しく窓が全開できるのが、なんといっても最高です! いや、しようと思えば窓下にあるスペースに降りることも不可能ではないでしょう(したら、怒られそうですが・・・)

鴨川が本当に近く、それでいて限りなく横に横に広がる景色。五月蠅いほどの川音。眼下には、ホテルの美しい庭園の水の流れも見えています。

季節によって、時間によって、表情を刻々と変える東山と鴨川の景色が、まさにひとりじめ。
ガラス越しでなく、その空気も窓を開ければ全身に感じることができます。

場所も便利で、サービスも気持ちいい。
ここのステーキは知るヒトぞ知る美味しさ。
こじんまりしたバーも、素適です。

多少ベッドが狭くても、バスルームが使いづらくても、そんなことはもう、どうでもよくなるほど、とにかく窓からの景色に首ったけ。
レースカーテンの替わりに障子、というのもいいでしょう?

キレイなホテルはたくさんあります。
でも、わたしの郷愁をたまらなくそそり、そしてどこよりも癒してくれるのが・・・このホテルフジタの鴨川側のお部屋なのです。
なかひがしさんと並ぶ、大好きな京都のお店といえば、「なかじん」さん。ここの蕎麦と出会ったときの衝撃を、わたしは忘れることができません。

あまりの興奮に、店を出た途端、グルメ友達に電話をかけまくったほど・・・わたしの蕎麦の概念を変えてくれた店なのです。

京都での少ない時間を有効につかいたいとき、理想は「なかなかコンビ」とわたしが呼ぶ、なかひがし&なかじんの組み合わせ。どちらがお昼にきてもいいのですが、なかひがしさんのお昼→なかじんさんの夜というのがCP的に最も優れているように思います。
ただ、最近のなかひがしさんの予約のとれなさから、このなかなかコンビには、相当ご無沙汰しています。


好きなお店で幸せそうに美味しいものをいただいていると、自然、そのお店の方と仲良くなることもしばしば。なかじんの大将、中村さんともいつしか、互いに友人と呼べるほど、仲良くなってしまいました(笑)。

彼ほど、こだわりが強く、まじめで、器用な人もいないのではないか、そう思います。器用なくせにまた、まじめさとこだわりの強さゆえ、カラダをいじめるように仕事に打ち込みすぎるのです。休日には、さらに奥様のカフェ「小豆屋うさぎ亭」も、手伝っておられます(涙)。

このカフェもまた素晴らしく、甘味やドリンクの質の高さ、CPよすぎのランチなど、もう少し商売したら~!といいたくなるような店です。


塩で蕎麦を食べるという方法を編み出したことに始まり、今も彼は「チャレンジ」し続けています。日本の蕎麦という話題になると、雑誌等で必ず取り上げられていますよね。

その蕎麦は、芸術的に細いせいろと、馥郁とした甘く深い香りを放つあらびきの2種。わたしはもう、特にここのあらびきを超えるあらびきには、絶対出会えないと思っています。
蕎麦には好みがありますが、そばがきを召し上がってみれば中村さんの上手さがわかるはず。
ふわっと柔らか、こんなの初めて!と驚かれることでしょう。

日本中の蕎麦を食べつくしたわけではありませんし、ほかで美味しい蕎麦に出会うこともあります。それでも、なかじんは永遠にわたしのなかでは殿堂入りなのです。


進むべき道を模索中の中村さん。もとより、料理の腕は高く評価されており、わたしもここの1品料理には何度も、ヤラレています。

彼は欲張りで、サービス精神が旺盛なので、作りたい!食べて欲しい!という気持ちが押えられないのです。わたしも似たところがあるので、よくわかります(笑)。そして、昨年秋にまず、蕎麦と料理をセットに、業態を変えられました。蕎麦屋じゃなくなったというウワサが広まっているようですが、そうではありません。

東京には、蕎麦&料理という店が多くあり、たいていは高級店の部類に入ります。京都にはこういう店がほとんどありません。
中村さんは「専門料理」がお好きですから、一品料理のプリフィクスのうち、てんぷら、焼鳥、予約制で握りなどがいただけるのが、他と違うところですね。食材も、とてもいいものを使っておられます。

料理は非常に創作性が高いです。いつもなかじんさんにうかがうと、魅力的なメニューが多くてついつい食べ過ぎてしまうんです(涙)。


なかじんは進化中。コース構成なども、少しずつ変わっていくと思います。今は手が回らずお休み中ですが、以前は、自ら作られるケーキやアイスのおとりよせもあったのです。食後のデザートをお楽しみに。お酒好きな方には、デザートワインも選べます。


やっぱりこんな店、他にない・・・!
なかじんは、いちファンとして、友人として、ずっと応援していきたいお店です。


~DATA~
■素料理 虚無蕎望なかじん
■京都市東山区古川町546(古川町商店街内)
■075-525-0235 
■火・水曜定休 
■昼夜ともに4800円~。蕎麦&料理のコースのみ
■予約が必要。


■小豆家 うさぎ亭
■京都市中京区高倉通六角上ル
■075-257-2288
■11:00~18:00、月曜定休
■ランチは売り切れあり。
ちょっと間が空いてしまって、すみません。
実は、京都に帰っていました。


それまで肌寒い日が続いていたそうなのですが、わたしが訪れたくらいから、ぽかぽか陽気に。そしてうれしいことに、いろいろな表情の桜を、各所で堪能することができました。

まず、ちょうど満開だったのが「祇園白川の桜」。夜桜だったのですが、あでやかで色っぽい、やっぱり祇園の桜です。別の昼にも訪れましたが、夜桜がおすすめですね。

もうひとつの夜桜は「二条城」。前週で清水さんや、平安神宮などおおかたの名所のライトアップは終わっていたのですが、コチラは期間が長いのです。光のオブジェの展示や、壮大な桜のトンネルを通り抜けながら、ぐるっと一周。力強さとボリュームの堂々たる桜でした。

驚いたのが、「石庭の桜(竜安寺)」。有名な方丈庭園を囲む塀の向こうに、大きな枝垂れ桜があったことを初めて、知りました。落ち着いた石庭に、桜色の華やぎが加わると、お庭自体も、楽しい雰囲気になるから不思議です。
色の少ない空間だけにその対比の美しさに、ただただ、見惚れてしまいました。


逆にこれからだったのが、遅咲きで有名な「御室の桜(仁和寺)」「半木の道(賀茂川・北大路橋~北山橋東岸)」。

御室の桜は、梅林ならぬ桜林のようにきれいに植林され、天然記念物としてきちんと保護管理されています。背の低い白っぽい大輪の桜で、その間を縫うように、お花見ができます。

半木の道の桜は、色濃いしだれ桜。今年のJR東海の春キャンペーンで使われ、注目を浴びましたね。懐かしさでいっぱいになりながら、ゆっくりと五分咲きの花を楽しみました。

ほかにもまだ色々見たのですが、もっともわたしが感動したのが、「哲学の道」。満開を過ぎていると聞いて、ちょっと残念に思っていたのですが、それは大きな間違いでした。

散りゆく桜が、これほどまでにせつなく、綺麗なものだとは・・・

風が強く吹くたびに、やわらかな花びらが、まさに吹雪くようにあたりに舞い散ります。はらはらと散り続けている花びらが、時折、こうしていっせいに、視界を桜色に染めるのです。桜とともに春の風に包まれる感覚。こんな贅沢があっていいのかと思うほど、素晴らしいひとときでした。

そして、流れる疎水に舞い落ちる無数の花びら・・・ゆっくりと流れゆく花いかだ。

哲学の道に近い、菓子匠「緑菴」に立ち寄ったら、「花いかだ」というご銘のお菓子が。季節を繊細にあらわすことができる和菓子とは、なんと素晴らしい日本文化なのでしょう。


いちばん好きな春。
いちばん好きな、京都の桜。
最高の、春の思い出ができました。
京都では先週が、桜の見ごろだったようですね。
でも、遅咲きの御室の桜やなからぎの道の桜は、今週あたりが満開でしょうか。
そして咲ききった桜の、さくら吹雪が美しいころかもしれません。


日本有数の早咲き桜、静岡の河津桜のテレビ中継を見たのは、2月半ばでした。菜の花と桜のコントラストが美しく、見に行きたいなぁと思いつつも、この桜、どうも健康的過ぎるような気がしてならなかったのです。

京都の桜は、もっと色気があり、そしてどこか物悲しいように思います。


ことしの春のJR東海のキャンペーンは、わたしの地元の桜が舞台。まさに「庭」だったなにげない風景も、プロの手にかかれば素晴らしい絵になるんですね。


桜といえば、以前のブログにこんなことを書いていました。 昼とはまったく違う表情を見せる、妖艶な高瀬川と白川沿いの夜桜・・・夜桜はやはり、しっとりと愛する人とともに、愛でたいですね。


夜桜は人を狂わせる・・・
だから逢えない、とそんなことを言った人がいた。
そうなのだろうか。


狂わせてみたき夜なり漆黒の闇に浮かぶは魔性のさくら


夜桜が人を狂わせるのならばなおさらならび歩きたい夜
わたしがもっとも愛するレストランにして、たぶん、日本で一番予約がとりにくいレストラン・・・それが銀閣寺道にたたずむ「草喰なかひがし」です。

初めて訪れたのは、もう今から8、9年は前でしょうか。
引き戸を引き、店に入ったとたん、かぐわしいうどの香りにノックアウトされたことを覚えています。

当時のレポートを見ると、


本当になかひがしさんの料理にはいつもしみじみと感じ入ります。自然の恵み、大地の息づかいが感じられる料理には、心と体がじんわりと癒されるように思います。

ここには井戸があって、美味しい水がふんだんに使えるらしいです。京都には井戸水、湧水が多いもの。なかひがしさんが、この地に店を構えたのはそんなことも理由のひとつだったと聞きました。

とぼけた持ち味の大将。彼自身の魅力が店の雰囲気をほのぼのとしたものにしていると思います。まさにお人柄でしょう。あくまでも控えめで丁寧、どの客にも分け隔てなくさらりと自然体。初めての客にも常連にも、同じ表情で同じ気配りを。飄々と・・・



あるときの料理については


目の前の炭火で焼かれた鮎、熱くてやけどしそうなのをほおばる幸せ!それも2匹も(笑)・・・

そして目からウロコが落ちたのは鱧。 目の前に出てきた鱧は、真っ白い身からほかほかと湯気があがっていたのです。

「え?これって・・・ゆでてあるんですか!?」

京都の夏に欠かせない鱧は、湯引きして冷水に落とすと骨切りした身が花ひらいたようになる。これが鱧の代表料理「鱧落とし」。このように冷たく冷やされた鱧、椀だねとして葛をひいた鱧、揚げた鱧・・・いろんなところでいろんな鱧をいただいたけれど・・・?そのまま湯気をたてる鱧なんて初めて見た!

「ハイ。水に落としますと、旨みまで逃げよるように思うんですわ。大徳寺納豆のタレです。ま、召し上がってみてください」

ご主人の言葉に、はぁ・・・なるほど・・・とうなずきながら、これまた仰天の大徳寺納豆のタレにつけて食します。ああ・・・美味しい。鱧ってこんなに「旨い」魚だったのだろうか?
そこにはしっかりと魚の旨みが存在し、それを大徳寺納豆を使った柔らかな塩気とこくのあるタレが引き出しています。

「うまいですやろ」

本当に、美味しいとしか言葉が出ません。やはり、なかひがしさんは凄い!



また、あるときはこんな風に・・・


こんなに気持ちが癒され、舌とカラダが喜び、心躍る食事はほかにはない。

似た料理、というと美山荘だが、あちらはまだ若い大将の甥っ子久人さんの料理ゆえに、また、山里の宿ゆえにもっと野趣に富み味も濃く元気がある。

なかひがしの料理は、洗練の極みだ。滋味である。
どちらも素晴らしいが、美山荘でランチをいただくのはお値段的にも地理的にも相当な気合が必要だ。

その点、なかひがしのCPといったらどうだろう。
しかもだ。
こんなに丁寧に皿を出す料理人をわたしはほかに知らない。なかひがしさんは、カウンターごしに料理をささげもち、一礼しながら皿を出すのである。



草喰なかひがしは、京都の奥座敷花脊にある名宿「美山荘」で生まれ育ち、料理を作っていた中東久雄さんが、独立して1997年に開いた和食店です。
美山荘の当代久人さんのお父様(先代)の弟さんが、久雄さん。次男さんゆえ、久雄さんは美山荘を出られたのでしょう。

自ら山野に分け入り、摘んだ自然の恵みを料理するところは、美山荘と同じ。けれど先にも記したように、ダイナミックな美山荘の料理とはやや異なり、あるものはシンプルに、あるものは繊細で創作性が高い、といった料理がいただけます。盛り付けの美しさも感動ものです。


ずっと京都に帰るたびに必ず、昼夜と訪れていたなかひがしですが、人気は高まる一方。予約はますますとれなくなり、今に至っては、月に一度の予約受付日には、電話もろくにつながらないという状況になってしまいました。

いちど訪れると、そこで予約を入れられるのでほとんどの方はもう、そうしてしまうようなのです。だから電話枠はあるものの、本当にプラチナチケット並みの争奪戦。
この春の帰郷も、訪問は叶わぬ夢となりました。

最後に訪れてから、たぶん2年。
なかひがしへの思いは、つのるばかりなのです。

~DATA~
■草喰なかひがし
■京都市左京区浄土寺石橋町32-3
■075-752-3500 
■月曜定休 
■昼5000円~、夜10000円~
■予約は毎月1日朝8時より翌月分を電話受付

先日、息子の中学の卒業式がありました。
ところがこれが大騒動。

当日は、朝が早いので近所の美容院でいいところがみつからず、結局着付けと髪のセットのために、わざわざ都内のホテルに前泊するはめに・・・。
この日は、午前に卒業式、午後に謝恩会、夜も飲み会と1日しごとなので、自分の着付けでは着崩れが心配で、プロにお願いすることにしたのでした。

■こわいこわい和ダンス検査

いうまでもなく、京都はきものの本場。
大阪の食い倒れに対し、京都の着倒れなどとも言われますが、良い着物を数そろえることは、京都の嫁入りでの常識。
きものをしまうためだけの和ダンスも、もちろん嫁入り道具に欠かせません。

今はどうかわかりませんが・・・京都には、こんないやらしい慣習があったそうです。

新婚旅行中に、お姑さんが、お嫁さんの和ダンスを開けてみる。
ちゃんと、ええもんを持ってきはったか、タンスがいっぱいになるほどぎょーさん、持ってきはったか、ちょっと見せてもらいまひょ。

和ダンスには鍵がついている場合も多いのですが、この「検査」のために、鍵をかけずに出るのがきまりなのだそうです。母の実話です(笑)。


■着ないと忘れる哀しき着付け術

わたしはちょうどはたちのころ、長沼さんでお免状をとったのですが、あれから20年近くたった今、ひとりで手早くきものを着付ける自信は、皆無です。
着付けで難しいのは、なんといっても帯結び。わたしも、きものを着るところまではそらでできるのです。ところが、帯となるとお手上げ。
教科書と首っ引きであれこれやってるうちに、汗だくになって・・・

資格など、いくらとっても使わなければ役にたちません。
きものは大好きで、常に着ることができれば理想なのですが、では髪はどうするのか?着たきものの手入れは?などおっくうなことばかりで、結局「憧れ」のままになってしまっています。

季節ごとの手入れも必要なきものは、哀しいかな、やっぱり時間に追われるわたしの生活には、なかなかなじまなかったのです。


■ほんもののきものとは

さて、どのきものを着ようかということで、母と和箪笥をひっくり返しました。
まだ仕付け糸のついたままのきものがたくさん・・・新調したものもあれば、母や祖母から譲られたものも。

きものの値が張るのは、当然のこと。
一着一着が、正絹で手作りなのですから・・・若い頃にはさして興味がなかった織りや染めも、今見れば、その素晴らしさに感嘆のため息が出ます。

最近安く売られているきものは、素材も正絹ではなかったり、正絹でもぺらぺらだったりするようです。
それでも、日本人としてきものに興味を持ち、着て見たいと考える若い人たちにとって、これらはありがたい存在だと思います。

良いものは良い。
けれど、カタチから入ることもまた大事だと思います。個人的には、きものをヘンに着崩すのだけは賛成しかねますが・・・これもわたしの齢のせいなのでしょうか。


■きものはぜいたく品?

わたしは結婚式の司会の仕事をしていたことがあるのですが、こちら(関東)ではきものを着る人が圧倒的に少ないことに、驚かされました。
また入園、入学、七五三といったセレモニーでも、和装の方は数えるほどなんですね。

持ってはいても、着付けも手入れの仕方もわからず、着るとなるとお札が飛んでゆく・・・これが現代人を、きものから遠ざけている大きな理由でしょう。
核家族化により、知恵を授けてくれる人が身近にいないことも、あると思います。


母とため息をつきながら、もう一度きものを学びなおして、もっときものを着たいね、と話しました。
着たいときに着るだけではだめなのが、きもの。
着ないときも、手をかけてやらないといけない、生き物のような衣装です。

齢相応のゆとりもこれからはもちたいと思っていたところ。これをきっかけに、きものに触れるひとときを、作ってみようかなと思ったのでした。
桃の節句が、楽しいのは可愛いお菓子と白酒がいただけるから、といっても過言ではありません。

桃の節句のお料理は、はまぐりのお吸い物にちらし寿司が定番のようですが、なぜかお料理の記憶がまったくわたしにはありません。
それよりも、ひな壇に飾っていたお菓子や白酒が「解禁」になるのが、待ち遠しくてしかたなかったのです。


いうまでもなく、白酒はれっきとした「お酒」。アルコール分も日本酒やワインと同じくらいあるのです。
でもあまぁくて、「食べるスープ」のようにとろーりとしていて、お酒というよりお菓子の感覚。
実は、こどものころから大好物で・・・(笑)。

白酒は、京都の宝酒造の「ももやま白酒」。お酒が大好きだった祖母は、季節になるとこれをしこたま買い込んで、部屋で晩酌をしていました。
また、飲めないはずの母もなめるようにちびちびと、白酒を楽しんでいたのを思い出します。


こちらに越してきて、他のメーカーからも白酒が出ているのを知り、試してはみたのですが・・・
やっぱり長年愛し続けてきた、「ももやま白酒」がなくては、どうにも落ち着かず、今年もなんとか手にいれることができて、ほっとしました。

雛あられも、京都のお菓子屋さんのものが上品でかわいらしいです。かなだやさん、豆富さん、たちばなやさん・・・おさとうのかかった、優しい甘さの雛あられ、できることなら、一年中味わいたい美味しさです。

菱餅は、昔食べたのは砂糖菓子のようなものだった記憶があります。シロップ入りのボンボンなんかもあったっけ。女の子のお祭りらしく、すべてが、パステル調でメルヘンチックで、スイーティなんですね。


今年、お花は雪柳と桃を生けました。
この季節、実家の門のわきには、見上げる高さにまで育ったゆきやなぎが咲いていました。
可憐な白い花を無数につけ、優美に枝を伸ばすゆきやなぎは、折れそうに細いのに、しなやかで強く、簡単には折れません。

まっすぐ伸びる桃の枝には、愛らしいピンクのつぼみと花。梅のピンクより、桜のピンクより、キュートな桃のピンクが好き。
丈夫そうに見えますが、そのじつ、もろいところがあり、ちょっと触れると、ぽろんとつぼみや花が落ちてしまいます。

タイプの違う、姉妹のような・・・

われながら、今年の桃の節句のお花は、素適な組み合わせになったなぁと、自画自賛です。
三寒四温。
このまま春になってしまうのか・・・というような日が続いたかと思うと、また少し冷え込む。このところ、そんなお天気が続いています。

でも日ざしは、すでに春。
待ち遠しい春を象徴するような、桃の節句が、わたしは大好きです。


実家では、お雛さんはふと気づくと、いつのまにか、客間に飾られていたように思います。

立春過ぎから、押入れの奥にしまいこんでいたお雛さんを、出し、ひとつひとつ、ほこりを拭く。
壇を組み立て緋毛氈を敷く。
注意深く、ひとつひとつのお人形やお道具を、ならべてゆく。
そしてまた、行程を逆に、ていねいにしまうのです。
娘たちが、嫁に行き遅れたりしないようにと、かならず桃の節句が終わると同時に。

今思えば、それがどれほど、手間のかかることであったか、わたしにはわかります。幼い頃は、母と一緒にお飾りをした記憶もありますが・・・娘もおらず、大きなひな壇を飾るスペースもない今、ちょっとさみしく思います。


我が家のリビングには、ほころびはじめた愛らしい桃の花と、繊細な美しさの雪柳をバックに、わたしのお雛さんが、ちょこんと鎮座しています。

ひとつは、数年前に買った京都うまれのお雛さん。
もうひとつは、おばあちゃまの木目込みのお雛さん。
祖母が亡くなる直前まで、趣味としていた木目込み人形も、考えてみると「京都生まれ」になるんですね。

我が家の今年のお雛さん、よければコチラでご覧ください。


華道を学んでいた母は、季節の室礼を非常に大切にするひとでした。
いつも、というわけにはなかなかいきませんが、こんなときくらい、日本ならではの室礼を楽しみたいものです。
今日、神戸の生田神社で陣内友則さんと藤原紀香さんが挙式されましたね。おめでとうございます☆
十二単の華やかさもステキでしたが、やっぱり白無垢はいいですね。
それをみていて、じぶんの結婚式を思いだしました。


結婚情報誌もなければ、レストランウエディングなど聞いたこともなかった時代。
ただただ、ホテルにすべておまかせでことがすすみました。

わたしが式を挙げたのは、京都ホテル(現:京都ホテルオークラ)。現在のホテルは、1991年から大規模な建替えを行なって完成したものですが、わたしの結婚式はまさにその直前、1990年の秋でした。

思い出の会場となったクラシックな小広間「エジンバラ」は、その趣を今も貴賓室として残しています。

都ホテル(現:ウエスティン都)と老舗ホテルとして人気を二分していた京都ホテルですが、今のモダンな建築にあっても、ロビーの太い柱などに往時をしのぶことができます。

ホテル内にある挙式場で、白無垢姿で三々九度。
挙式は下鴨神社に司っていただきました。
口をつけるだけにしなければいけない杯のお神酒を、飲み干して失笑を買ったことも、いい思い出(笑)。

そのあと、色内掛に着替えてエジンバラの間に入場し、お色直しでウエディングドレスに着替えたのでした。

食事などまったく出来なかったのですが、夜にホテルの部屋に折り詰めで届けられた料理が、冷めていてもとっても美味しかったことを覚えています。

神前挙式は、衣装の用意や着替えといい、緊張の連続のような進行といい、手間が非常にかかります。教会式のようなロマンチックさもありません。
けれど・・・日本でしか行なえない、日本ならではの挙式であることは言うまでもないことです。

下鴨神社では、重要文化財「葵生殿」で式を挙げ、十二単を着るプランもあるそうです。
有名カップルの古風な挙式のニュースで、神前挙式が脚光を浴びるかもしれませんね。


一生にいちどのこと。
文金高島田に髪を結い、角隠しと白無垢を身にまとうことができて、本当に良かったなぁとわたしは思っています。
ふるさとの下鴨は、京都でも有名な、閑静な住宅街のひとつです。
そのシンボルが、世界文化遺産の下鴨神社(賀茂御祖神社・かもおみやじんじゃ)と糺の森です。

平安貴族の遊びであったというお正月の蹴鞠(けまり)始めや、新緑の頃に行なわれる、馬に乗り走りながら的を射る流鏑馬(やぶさめ)の神事と葵祭は、京が都であったときの風俗を再現した代表的な行事です。

みたらし団子発祥の元でもある湧き水を満たした川を歩きながら、蝋燭を奉納する御手洗(みたらし)祭(足つけ神事)には、地元の人たちがこぞって参加し、厄を落とします。

御手洗川にかかる橋のたもとに枝を伸ばす、「光琳の梅」は、尾形光琳が「紅白梅図屏風」を描くときにモデルとなった梅です。
一月にはまだ固いつぼみでしたが、2月に入り、少しずつ花びらがほころび始めている様子が、 公式HPで見られます。(音が出るのでご注意を)

鳥居をくぐって神社の境内に入り、白砂を踏むと、今も昔も、気持ちがやはり引き締まります。

参道の糺の森を歩くと、息をするたびに内側からからだが清められていくような、スピリチュアルな感覚を覚えます。

特に早朝の森には、清冽な空気と自然のにおいが満ちあふれ、木々の色やさらさらと流れる小川の音がより表情豊かに感じられ、全身が幸福感と爽快感で満たされていくようです。
遠き古き時代より、この風景は都人たちの心をとらえ、「源氏物語」や「枕草子」などにも登場しています。

手ごろな森林浴ができるこの森は、下鴨の住民の生活の場、憩いの場でもあります。

流鏑馬が行なわれる広い参道は、わたしが子どものころは、格好の遊び場でした。木に登ったり、鬼ごっこやかくれんぼをしたり、テニスをしたり、ドッジボールや「いんさん」をしたり。

山があり、川がある。街なかにこんな、原生林がある。
時代とともに変わってゆく京都もあれば、変わらずにいてくれる京都もある。
そのどれもが、新鮮で、愛おしいのです。